意思の上にも三年

大学生くらいの頃からボンヤリと考えていたのですが、どうも私の成長・成功のペースは三年ごとなんですね。中学校も高校も入学したての頃は、そんなに成績は良くなかったですが3年生になるころには、いつの間にかクラスでも上位に入るようになっていました。

どうしてかな?と考えてみると「成績が悪いことで人一倍頑張るエネルギーになった」と考えてくださる方もいるかもしれませんが、そうではないです。それほど努力家ではないものですから。。。よく宿題をサボって居残りさせられたりしていました。でも、そういう状況を楽しんでいましたね。

どうも、それが成長の源のようです。つまり、いつも楽しんで取り組んでいたということです。それともう一つ、いつも最初は成績が良くなかったですが、それで自分が頭が悪いとか悔しいとかは考えたことは無かったですね。全く新しい環境で少しでも出来ること・分ることが楽しかったです。また、どんどん新しいことに刺激を受けることが楽しかったです。そして、常に「自分はやれば出来る。必ず出来る」と思っていました。

ポイントはこの三つ・・・

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ポジティブ・向上心・楽しむ

この三つが今の自分を創ってくれたのだと思います。この三つを備えて、常に「やれば出来る」と思って取り組み続けた結果、3年後には成果になって現れたのです。

では、なぜ3年周期なのか?一つは日本の教育制度が6・3・3制のため受験に照準を合わせた形で成績を伸ばす必要があったからでしょう。実際、小学校の時は6年がかりで成績が伸びていたように思います。

もう一つは、私の性格が一夜漬けによる付け焼刃なことが嫌いで根本的に理解して身に付けたいと考えていたので、成績として現れるために時間を要したと思います。また、物事を根本的に理解するためには相当の情報を頭に叩き込み、その情報を出力する訓練もつまなければならないので、日常生活で遊びながらでは3年くらいは掛かるということでしょう

今から考えれば、肉体の成長と同様に3年がかりで脳を鍛えていたのでしょうね。

また、協調性や情緒性などを磨くことは脳みそを鍛えながらでも出来ると思います。「ゆとり教育」もただ勉強時間を減らすのではなくて、密度を高めて取り入れると効果的なのでしょう。たとえば、集中して勉強や体育活動をすることでより一層、肉体も能力も鍛えられるように、それらの事柄も密度・濃度の高い環境を構築するほうが大切だと思います。

「詰込型」から「ゆとり」に大きく振れながらも、現場の先生方は昔から両方に気を配った指導を模索してこられたのでしょう。「詰込型」か「ゆとり」かではなく両方が融合した子供たちが自立した大人になる助けとなる教育に徐々に向かっていると期待します。
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by nobuyuki_kita | 2005-04-23 03:10 | 日記
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