性善説と性悪説

 今日は少し取りとめも無いようなことを書いてしまいます。性善説と性悪説というものがありますよね。皆さんご承知かもしれませんが、人間は生まれながらにして善であるとか悪であるというものです。生まれて間もない赤ん坊をみれば可愛くてたまらなくて性善説を信じたくなります。また逆に子供というのはモノを破壊したり虫を殺して遊ぶような性悪説な部分も持ち合わせている。育つ環境によっては成長するにつれて、それらが二極化して行くのかもしれませんね。

 この2説を人類という括りではなく生物という括りから考えるとどうなるでしょうか?私は性善説≒種の保存的本能、性悪説≒自己保存的本能と考えてみました。




 安全が保証されない環境、それが健康なのか精神的なものか金銭的なものかは分かりませんが、自分を守らなくてはいけないという環境においては自己保存の本能が過剰に発達するのではないでしょうか。

 また逆に満たされた環境であれば、個人として生きられることが保証されていると感じられる環境であれば、さらに自らの安全を高めるには環境をより安全にすることが自己を保存することに繋がるので、他人に歓ばれたいとか社会の発展に寄与したいということを考えるのかなと思います。

 これは何も性悪説が根本であり正しいということではなくて、両者は表裏一体であり、一方だけで成立するものではないと思います。なぜなら、自己保存の本能もより強い個体が生き残ることで種の保存を実現しようという遺伝的な欲求ではないかと考えるからです。

 今回はいつもと違った感じの話でしたがいかがだったでしょうか...?

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by nobuyuki_kita | 2004-11-22 00:16 | 日記
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